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「真似」と「共鳴」〜思い描く自分になるために〜

こんにちは♡ナガです♡

「こんなふうになりたい!」と思い描く自分になるために、

すでにそのあり方で生きている人を参考にすることは、大切ですよね。

そのことについて、意識の使い方に対しての氣づきがあったので、

この記事でシェアします♡

今回は、「真似」と「共鳴」についてです♡

※本記事中では、3つある項目内容について①の人、②の人、③の人と呼んで説明しています。

本記事は長めなので、記事の途中でそれぞれの項目内容をご覧になりたい場合は

目次からご確認できます♡

目次

「真似」と「共鳴」を定義してみる

まず、この記事における言葉の意味を定義してみようと思います。

  • 真似…ある対象を意識して自分をその対象に寄せていこうと似せる努力をした結果似ること。
    自分には持ち合わせていないその対象の要素を意識して獲得する、もしくは獲得したように見せかけること。
  • 共鳴…ある対象と自分が持っている要素が似ており、同じような感覚を覚えること。
じゅんこちゃん

真似するものはもともと持ってなくて、
共鳴するものはもともと持ってるのネ

ととちゃん

ま、持ってるだとか持ってないとか、その感覚も幻想だけどね。

じゅんこちゃん

え???

ととちゃん

ほんとは、一時的に借りてるだけなのよね。
文章では、簡潔にわかりやすく表現するために「持ってる」とかそーゆー表現をつかってるだけだと思うわ。

じゅんこちゃん

ほぇ〜〜〜

世の中には、3種類の人がいるのではないか

  • 自分軸が強く、やりたいことをどんどん実行していく人
  • 自分軸と他人軸で揺れており、やりたいことはある程度やるが肝心なところでは自信の無さからやりたいことを選択できない人
  • 自分軸がなく、表面的に①の人たちもしくは②のひとたちのやっていることを真似する人

自分軸が強く、やりたいことをどんどん実行していく人

①の人は、真似しません。

共鳴するものを現実化していきます。

自分の目指しているあり方に先に到達している人の周波数に共鳴し、

「イイネ〜!」(と好ましく感じる)←より宇宙的。ワンネス意識

もしくは

「なにっ…!(ジェラシー!)

これならわたしだってできそうなのに…」(そのモヤモヤをバネにする)←より今までの地球的分離意識

そして

「よし!わたしもやってみるか☆」

とやりたいことをやっていたら

いつの間にか目指しているあり方に到達しています。

自分軸と他人軸で揺れており、やりたいことはある程度やるが肝心なところでは自信の無さからやりたいことを選択できない人

②の人は、共鳴して真似します。

じゅんこちゃん

ど〜ゆーことお?

たとえば、

「素敵だなあ、自分もこんなふうになったらどんなだろう…」

とあこがれを感じるような人がいるとします。

じゅんこちゃん

え?わたし、あこがれの人とかいないから
ちょっとピンとこないわ〜。
人は人、自分は自分だからね〜。

ナガちゃん

やっぱじゅんこちゃんは、①じゃないかなあ。

ととちゃん

ほんとちきゅうじんって、分類するの好きね〜。

②の人には、たぶん憧れの存在がいます。

そして、

自分はその憧れの存在と同じくらい素敵になることはできないけれども、

ちょっとでも素敵に近づきたい

と思い、その憧れの存在のスタイルや思想などを自身の人生に取り入れていきます。

②の人には自分流のスタイルがあるので、

憧れの存在の素敵ポイントをその人なりのセンスで部分的に取り入れます。

なので、見た目は誰かの真似をしているように見えません。

②の人も向上心があるのですが、

憧れの存在よりも自分が素敵になるということはあり得ない

というふうに考えているところがあります。

たとえば芸能人やカリスマ的な存在、親や先輩など、いろいろでしょう。

アニメキャラクターや天使、宇宙人、アセンデッドマスターたちを畏れ多い存在であるとみなすのも、②の人だと思います。

そして、②の人の憧れの存在自体は必ずしも①であるとは限りません。

②の人のあこがれフィルターで過度に美化されてしまっている可能性があるからです。

②の人は、共鳴している対象を

「畏れ多い…。尊い…。」と

自分から遠い存在だとみなしてしまっています。

自分の外側に神格的な存在を作って安心していることになるので、

そのぶん自分のエネルギーをその存在に明け渡してしまっているといえます。

共鳴しているということは自分にもその要素があるから惹かれているのに、

自分を下げて相手を美化し見上げてしまうことで、

憧れの存在の惹かれる部分は

自分には無いから惹かれる、だから真似をする

という意識の使い方をしてしまっているのです。

憧れの存在の素敵ポイントは、その要素が自分にもあるからこそ素敵だと感じるのです♡

自分を下げるのはもうやめて、どんどん魅力をひきだしていきましょ〜♡

自分軸がなく、表面的に①の人たちもしくは②のひとたちのやっていることを真似する人

③の人は、周囲から浮かないようにするために、周りの人を真似します。

最も流行に左右される人たちです。

ただし、

「とにかく新しいものが好きでたまらないっ!」

というような

流行を追うことにわくわく情熱を感じている人は③ではないと思います。

そのひとにとっては、流行の最先端をいくことがやりたくて好きなことだからです。

③の人は、

「なんか流行ってるから」

「まわりがみんなそうしているから」

「自分もしないとなんだか仲間はずれになったみたいでいやだ」

というような、

自分がそうしたいとはっきりとした情熱や意志があってそうしているのではなく、

ただ雰囲気に流されてなんとなくそうしている…。

自分で選択している、というよりは集合意識のムードに合わせて流されるように選ばされている

といった感じです。

そして、その集合意識のムードは、大抵誰かによって作り出され、仕掛けられたものです。

結果的に、仕掛け人の思う壺にはまるということになるわけです。

また、

③の人には①や②の人が素敵に見えます。

自分にはない自分流のスタイルを持っているからです。

実際、①や②の人がファッションアイコンになっていると思います。

③の人の場合、自分流のスタイルがないので、①や②の人の表面的な部分を真似します。

持ち物や髪型、服装などです。生活習慣もあるかもしれません。

しかし、その奥にある精神性までは理解していません。

というより、興味がないのです。

なぜそうしているのか?なぜこれを選んでいるのか?

少なくとも、①の人は、

自分がなぜその行動をとっているのか、その持ち物を選んだのか、答えることができます。

なんでも自分の意志で選んでいるからです。

②の人は、あこがれの存在がなぜそういう選択をするのかに思いをめぐらし、リスペクトします。

表面的なことというよりは精神的なありかたや心がけの部分を真似しようとしているといえます。

③の人はほぼ目に見えてわかる表面的なことだけ真似して、

本音はみんなから浮きたくない、なんでもだれかに決めてほしいと思っています。

そういう意味で、③の人は①や②の人の表面的な真似こそすれ実際は興味がないといえます。

「真似をすることは大切である」の真意とは

「真似をすることは大切である」と言いますよね。

その真意は、

目指しているあり方に先に到達している人の発している周波数に

自分をチューニングさせることは大切である

ということだと思います。

ただ、その感覚は言葉で表現しにくいので

伝わりやすくするために「真似」という言葉を使ったのではないでしょうか。

つまり、

目指しているあり方に先に到達している人が

どういう周波数を発しているかを感じて、自分もその周波数を発するようにする

ということです。

じゅんこちゃん

なんか楽器みたいネ

ナガちゃん

そうだよ〜。ひとりひとりが、独自の楽器なんだよ♪
だから、「自分自身の音を奏でる」ことがたいせつなんだよ〜

じゅんこちゃん

私も楽器か!わだいこドンド〜ン!

ナガちゃん

笑笑
じゅんこちゃん、たしかに和太鼓たたくの似合いそうだねえ〜

今の時代はもう

物質的、表面的な真似(③のあり方)

精神的なあり方や心がけの真似(②のあり方)

を超えて

共鳴した周波数を抽出し、

意識をその周波数にチューニングしてその周波数帯の現実を映し出す(①のあり方)

ということがたいせつなのではないでしょうか。

共鳴する周波数へ意識をチューニングさせる

共鳴するもの、こと、存在は自分の目指すあり方、生き方への道しるべです。

どうやったらワクワク情熱的に日々を楽しく生きていけるかは、共鳴するものが教えてくれます。

部屋の中の物や持ち物、身につけるものなど、

自分がワクワクするような好きなものに囲まれて生活しようといわれているのは、そういうわけです。

共鳴するものに囲まれて暮らしていたら、その周波数帯の現実を映し出すからです。

存在しているすべてが、自分らしく生きるためのヒント

この世界には、共鳴するもの、しないもの、色々ありますね。

それらすべてが、自分らしく生きるためのヒントなのです。

こういうあり方、心惹かれるなあ…

こういうあり方は、惹かれないなあ…

このセンスは、人によって驚くほど違います。

だからこそ、おもしろいのです。

今地球上にはたくさんの種類の生命体や物事、事象が存在していますね。

その中には、惹かれるもの、惹かれないもの、憎悪を感じるもの、恐ろしく感じるもの等いろいろあるかと思います。

例えば、誰かが憎悪したり恐ろしく感じているものは、誰かにとっては必要だから地球上に存在しているのです。

なぜ必要か。憎悪の周波数や恐ろしさを感じる周波数を抽出するためです。

抽出したその周波数を手放すか執着してチューニングし続けるかは自由意志です。

この世から憎悪するものや恐ろしく感じる何かを消したいと思うなら、

少なくともそう感じているその人自身が憎悪の周波数や恐ろしいという周波数への執着を手放していくことが必要です。

執着が手放されてくると、

恐怖や憎悪を感じることがあったとしてもその周波数に同調しなくなっていきます。

どんどんあっさりしていくのです。

重たい周波数への執着が外れてくると、どんどんらくになっていきます。

執着がとれた分どんどん共鳴する、自分の心惹かれるものに意識が向くようになっていきます。

そして、

①の自分軸が強く、やりたいことをどんどん実行していく人になるのです。

氣付けば思い描いていた自分になっています。

一人一人がオリジナルの個性と才能を持ってこの世に生まれてきました。

今世、どんどん自分の持ち味を生かして人生を楽しんでいきましょ〜♡

ハイヤーセルフ

れっつエンジョーイ

ととちゃん

わたしのセリフ、先に言われちゃったわねえ〜。
ま、いっか。るんたった〜

読んでくださり、ありがとうございました♡

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